慢性鼻炎による「鼻づまり」が、鼻腔粘膜の広範な腫れによっておこること、そして従来の下鼻甲介を対象とした手術では一定の限界があることを前述しました。では「鼻づまり」に対して、下鼻甲介手術を凌駕する治療法は現存するのでしょうか?
50年ほど前(1961年)に、鼻腔粘膜に入り込んでいる副交感神経を切断する手術が報告されています[文献38]。「ビディアン神経(翼突管神経)切断術」と呼ばれている手術で、当初はアレルギーの関与していない鼻炎の水様性鼻汁を減少させることを目的としていました。その後、アレルギー性鼻炎に対しても、また鼻水だけでなく「鼻づまり」にも効果のあることが確認され、一時は世界中で広く用いられてきた手術です。しかしこの手術は、大掛かりな手術で体への負担(手術侵襲)も大きく、また涙の分泌が減少するといった副作用を有していたため、次第に用いられなくなってしましました。
筆者は、ビディアン神経より末梢にある副交感神経の枝(後鼻神経)を冷凍凝固する手術報告[文献39]をヒントに、超音波を用いて後鼻神経が鼻に入り込んでいる小さな孔を見つけ出し、レーザーを粘膜上からその孔に正確に照射する手術を約20年前に開発・実施していました。そしてこの手術の持つ効果に目を見張ったものの、後鼻神経と並んで鼻腔に入り込んでいる動脈(蝶口蓋動脈)からの術後出血の危険性があることもわかりました。その後数年間、動脈を傷つけずに副交感神経だけを切断する手術を模索し続けた結果、1997年、直径0.5~1mmほどの後鼻神経を内視鏡下に露出させることに成功し、副作用の無い世界初の副交感神経切断術として国際学会(ウィーン、1998年)(⇒動画)や論文[文献40]などで報告してきました。
この手術は、副作用がないだけでなく、術後に現われる効果も特異的です。一つは、重度の下鼻甲介粘膜の腫れに対しても著効する可能性があること、そしてもう一つは、下鼻甲介や中鼻甲介を含む広い範囲で、粘膜の腫れが改善してくることです[図Ⅵ-1-1]。
後者が意味していることは、大変に重要です。なぜなら、鼻腔に吸い込まれた空気のメインストリートである中鼻甲介周囲の隙間を広げることは、「鼻づまり」に対する治療効果が格段に大きくなるからです。さらに、(慢性鼻炎では副鼻腔の開口部の粘膜も腫れるため副鼻腔炎の合併が多いことは前述しましたが)副鼻腔炎が併発している例では、この手術によって副鼻腔炎が治癒する可能性があるからです。
副作用がないこと、また特異的な効果を示すことに加え、この手術にはもう一つの大きな特徴があります。それは、体への負担が少ない低侵襲手術であることです。鼻孔後端部の粘膜を1cmほど切開するだけで済み、(じょうずに手術すれば)出血もほとんどありませんし、鼻の加温機能に主要な役割を果たしている動脈を保存できます。したがって理論的には―現在のところ術後治療の点から4~5歳以上の小児を対象としていますが―乳幼児にも適応させることのできる手術です。
[文献38] Golding-Wood PH. Observation on petrosal and vidian neurectomy in chronic vasomotor rhinitis. J Laryngol Otol 75:232-247, 1961.
[文献39] Terao A, Meshizuka K, Fukuda S. Cryosurgery on postganglionic fibers (posterior nasal branches) of the pterygopalatine ganglion for vasomotor rhinitis. Acta Otolaryngol 96: 139-148, 1983.
[文献40] Kikawada T. Endoscopic posterior nasal neurectomy: an alternative to vidian neurectomy. Op Tech Otolaryngol 18:297-301, 2007.