"呼吸器としての鼻"の主要な役割の一つは、肺の内部環境を一定に保ち、"酸素"が血液に拡散しやすいよう肺を保護することです。私たちは、灼熱の砂漠から北極など極寒の地に瞬時に移動しても、何事もなく生きてゆけますが、これは、外の環境がどのように変化しようと、肺の内部はほぼ一定の環境に保つことができるからです。この環境づくりのほとんどが、鼻によって行われています[図Ⅱ-3-1]。
鼻の奥行きは数cmで、ここを空気が通過する時間はわずか1~2秒間しかありませんが、その間に、空気は肺の内部環境(温度37℃、湿度100%)に近い状態までに整えられます。例えば氷点下の冷気を吸い込んでも、空気が"のど"に達するまでに、30℃近くまで上昇するとされています[文献9, 10]。まさに驚異的なエアーコンディショナーとして肺を保護しているわけです。
この優れた機能は、鼻腔の構造と密接に関係しています。鼻腔内部には、鼻甲介と呼ばれる3~4個の突起があり、複雑な三次元的構造をしています。このような構造により、A6サイズ(約150cm2)もの表面積をもった粘膜が互いに接することなく収納されています[図Ⅱ-3-2]。
鼻に吸い込まれた空気は、鼻甲介に達するまでは層状の気流ですが、これらの突起により気流は分散されます。そして分散された層状気流の周囲に乱気流が形成され、空気は鼻甲介の間に形成されているくぼみの奥深くまで入り込み、粘膜表面にまんべんなく接触することができます。これによって、空気は短時間に効率よく、温度と湿度を受け取ることができます。
湿度は、粘膜表面を常に覆っている粘液から、また温度は粘膜内の血管を流れる動脈血から受け渡されます。この熱源となっている最も重要な動脈は、鼻腔の後端から―空気の流れと正反対に―多量の血液を送り込んでくる蝶口蓋動脈です[図Ⅱ-3-3]。「鼻づまり治療」の項でも述べますが、このような鼻のもつ重要な機能を考えると、治療のために安易に鼻甲介を切除したり、あるいは蝶口蓋動脈を切断したりしてはならないことが理解されます。
[文献9] Wolf M, Naftali S, Schroter RC, et al. Review article: Air-conditioning characteristics of the human nose. J Laryngol Otol 118:87-92, 2004
[文献10] Van Cauwenberge P, Sys L, De Belder T, et al. Anatomy and physiology of the nose and the paranasal sinuses. Immunol Allergy Clin North Am 24(1):1-17, 2004.